思考

池上:円周率は3になっちゃったって大騒ぎしていた時にも教科書にはちゃんと、円周率は3.14って書いてあったの。

マツコ:そうなんだ!

池上:そう、多くの人が誤解してるんだけど円周率は3.14なんだけど円周率は、小数点以下の計算より前に出てくるのでとりあえずざっくりと計算する時には円周率は3として計算してもいいですよといったの。3でざっくりやってもいいですよという風に方針を打ち出したらある首都圏の学習塾がしめたと思って円周率が3になってしまいますよ。公立学校に行かせるとこんな事になっちゃいますよ。いいんですか?ってキャンペーンを張ったの。

マツコ:なるほど。

池上:それを見て、みんながおお、3になるんだ。これはとんでもないといって塾通いが増えたんだよね。見事な戦略でしたね。

kotoripiyopiyo:

「一般的に言って、僕が考える「これは読まなくていい」という類の解説・評論は、

1.妙に細かいところまで、重箱の隅をほじくるようにして取り上げ、しかも断定的に決めつけているもの。

2.「君ら素人にはわかるまいが、実はこうなんだ」という態度で、見下ろすように書いているもの。

3.やたら引用の多いもの。

4.「これは良い」「これは悪い」ということを、白か黒かであまりにもはっきり決めつけているもの。

5.理解不能な専門用語をしりばめて、いったい何を言っているのかわからないもの。

6.逆にすらすらと、すべてが明快単純に説明されているもの。

「いい話だと思ったらシェア」と書かれている文章は信じてはいけない・シェアしてはいけない…… とあれほど言われているのに(笑)。

「ストレスが自分を強くする」と受け取っている被験者は、逆だと考えている人に比べてより健康で、人生に満足感があり、仕事でのパフォーマンスも良いということが分かりました。

また、被験者を2つのグループに分け、片方にはストレスが人間的な成長を強める、もう片方には弱めると説明したビデオを1週間見せました。結果、強めるものだというビデオを見た被験者は、健康も仕事のパフォーマンスも著しく向上しました。

ここで特筆すべきことは、ストレスに対する受け取り方は変えられるということです! これまで、ストレスは自分を弱めるものだと考えて生きてきたとしても、それにとらわれ続ける必要はありません。

ライブで、知らない曲を聴くのと、知ってる曲を聴くのはどっちが楽しいでしょうか?
テンションが上がるでしょうか?

…基本的には、知っている曲が演奏されている時の方が、盛り上がるんですよね。

しかし、お笑いライブで、知ってるネタを見るのと、知らないネタを見るのは、
どっちが楽しいでしょうか?

…基本的には、知らないネタを初めて見る時の方が、食いつくと思います。

何度か見たことがある映画と、初めて見る映画では、どっちが感情移入できるでしょうか?

…基本的には、初めて触れる映画を見る時の方が、入れるはずです。

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なぜか、音楽だけが「未知のものより既知のものを欲する」のです。

誰かのコンサートで、最新アルバムのあまり耳馴染みのない曲が続いた後、
突然、有名曲のイントロが流れて会場がぶわっと盛り上がる感じ、
心当たりある方も多いのではないかと思います。

お笑い芸人が単独ライブしてて、知ってるネタが始まった瞬間に盛り上がるでしょうか?
「ああ、なんだ…これは知ってる。オチでアレがああなるやつだ」となりませんか?

これはなぜなんでしょうか?

結局ぼくには答えがよく分かりません。

音楽というコンテンツの特殊性 | 海保けんたろーの本音とろとろ (via hirotakajp)

どの作品かは忘れたけど、ロバート・B・パーカーがスペンサーに「映画はプロットを楽しむ。音楽はディテールを楽しむ」って言わせてた

(via scsa)

大学生になって以降、自発的な好奇心以外の理由で人のスキルが伸びていったのを全く見てない
コミュニケーションの本質とは、一見逆説的に聞こえはするが、むしろ理解しあえない、伝わらない、交われないことを自覚することであり、さらにそのなかで「なんとかする」ことができる人物こそ、コミュニケーション能力が高いのだ。
昔、ソ連で実際に実験されたことあるよ。

赤ちゃんを2つのグループに分けて、1つのグループの赤ちゃんは泣いたらすぐに人が抱いたり言葉をかける。もう1つのグループは面倒は見てもらうけど、泣いても相手にしない。


どちらが「忍耐強い人間になるか」の実験。実験の前は多くの人が「泣いたらすぐにあやしてもらう赤ん坊は、甘ったれで弱い人間になる。泣いても放っておかれる赤ん坊は我慢強くて強い人間になる」という予想を立てていた。



実験結果は真逆だった。

すぐに抱っこして言葉をかけてもらえた赤ん坊グループは、明るく健康で頑張りやになった。「泣く」という赤ん坊唯一の「訴え」がちゃんと聞き届けられるという基本的信頼が満たされ、自分が努力すれば報われると言う自信を持てた。

泣いても放っておかれた赤ん坊たちは、実験後すぐに「泣いても無駄」と悟って大人しい赤ん坊になった。けど無気力で信頼関係や愛情を持てない人間に育った。「努力しても無駄」「愛されていない」「この世は自分を必要としていない」という認識を持ち、自殺した者もいる。
要するに馬鹿なコメンテーターに朝日の社説を与えて朝から晩までテレビで繰り返させれば、それが世論になり、安倍政権だって倒すことができたじゃないかと。

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 テレビのワイドショーが「反逆したがる大衆」(オルテガ・イ・ガセット)をおだてて政治を支配する。
 「まさにテレビポリティクスの時代」(筑紫)がきた。
 日本の政権は朝日新聞とテレビが決めるのだと気色悪い二人が頬ずりして対談は終わっている。

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 実際、この陣立てで朝日新聞は民主党を国民に押し付けるのに成功した。
 ただあまりにひどすぎたので師走総選挙になったが、それでも若宮はテレビポリティクスにまだ神通力があると信じていたふしがある。
 それが総選挙当日の朝日の1面見出し「政権、交代か維持か」だった。
 まだ民主党政権が維持できると半分以上信じていた。

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 なぜなら朝日は社説で脱原発を訴え、改憲を言う自民を非難し、デフレ脱却を危険な賭けと恐怖を煽った。
 馬鹿な大谷昭宏みのもんたらが社説通りに四六時中、脱原発だ、自民は金属バットを握る気だ、と騒ぎ、古舘伊知郎が卒原発の嘉田由紀子がいいと葬式の司会みたいな声で繰り返した。

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 何もかも前の安倍政権を倒したときの布陣とそっくり同じだった。
 これで馬鹿な大衆が反安倍に動かないわけがない。

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 民主党は少し減っても百議席以上はいく。
 小沢一郎は嘉田由紀子に「あんたが立てば百人は堅い」と言った。
 朝日もそう読んだ。
 自民が少々伸びたって猥雑な小政党を抱き込めば民主党政権は生き残れる。

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 それであの見出しになったのにあの惨敗だ。
 中でも衝撃だったのは戦後レジームそのまま憲法九条遵守と脱原発と弱者救済を言った嘉田の惨敗だった。

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 テレビポリティクスは幻だったのか。
 その分析もまだできないうちに第二次安倍政権が誕生した。
 それは朝日が支えてきた戦後レジーム潰しが再開され、それを多くの国民が支持したことになる。
 株価も円安も朝日の主張と存在とをはっきり否定した。
一番覚えるのが難しいスキルが、「やさしくなること」だと僕は思っている。というのも、やさしさというのは、受動的なスキル、つまり「周囲がやさしさを必要とした時に、それを供給できること」だからだ。自分の気分で周りにやさしく接するのは、ホントのやさしさではない。例えば、自分の仕事が上手くいっていなくても、それを一旦横に置いておいて、午後11時に泣いて電話してきた友達の話を聞けること。例えば、猛暑で空腹でも、目の前でお婆さんが重い荷物を引いていたら、その荷物を持ってあげること。